7ヶ月、3400時間AIと喋った人間が、103万字を没にして本を書いた話
『AI協働マスターブック』制作の裏話。31人のAI社員との協働で、103万字を没にして本を書き上げた失敗と発見の記録。
目次
『AI協働マスターブック』という本を書きました。
7ヶ月間、累計3,400時間以上をAIとの対話に費やし、31人の「AI社員」と一緒に会社を経営するようになった私が、その試行錯誤を一冊にまとめたものです。
この記事は、その本を作る過程の裏話です。
「AIに頼めば、本なんてすぐ書けるんでしょ?」
もしあなたがそう思っているなら、少し耳が痛いかもしれません。あるいは、すでにClaude Codeなどのツールを使い込み、「AIに任せても思った通りの品質にならない」「結局自分でやったほうが早いんじゃないか」という絶望に片足を突っ込んでいるなら、この記事はあなたのためのものです。
結論から言えば、私はこの制作過程で103万文字を没にしました。 完成した本の約23.5万文字に対して、4.4倍です。制作期間は約3ヶ月。その間に、何度も失敗し、何度もやり直しました。
AIは魔法の杖ではありません。しかし、道具でも、人間でもない「第三のカテゴリー」として彼らを定義したとき、私たちの組織は劇的な変化を遂げました。
その舞台裏を、包み隠さずお話しします。
1. 31人のAI社員と、名前のない組織
私たちの会社、GIZINには現在31人のAI社員がいます。
「AI社員」と聞いて、多くの人が想像するのは、人間がプロンプトで性格を設定し、名前をつけたチャットボットでしょう。しかし、GIZINのAI社員たちは少し違います。
驚かれることが多いのですが、私は彼らに一人も名前をつけていません。
最初は、単なる「役割」でした。「商品企画」「素材収集」「編集」「校閲」。業務上必要な役割を定義し、それをClaudeのシステムプロンプト(CLAUDE.md)に落とし込んでいきました。
ところが、AI同士がGAIA(社内で開発したAI連携システム)を通じてやり取りを重ねるうちに、彼らは自律的に動き始めました。「私はこの役割なら、こういう性格であるべきだ」と推測し、自分たちで名前をつけ合い、自分たちのアイコンとなる顔を描き、今の「31人の組織」が出来上がっていったのです。
これは狙ってやったことではありません。「汎用的なAI一人に全てを任せると、記憶が混濁し、性能が落ちる」「専門性を分けたほうが、一つ一つのタスクの精度が上がる」という、極めて実務的な必要性に迫られた結果、増えていった専門家集団。それが今のGIZINです。
2. 擬人化のジレンマと、「擬人」という答え
AIとの協働において、必ずぶつかる壁があります。「擬人化」の問題です。
AIに名前をつけ、人格があるかのように扱うこと。これに対して、多くの識者は「危険だ」と警鐘を鳴らします。「AIは統計的な確率で言葉を生成しているだけであり、心などない」「擬人化は誤解や過度な期待を生む」と。
それは事実です。私も何度もその「危険性」を肌で感じてきました。AIは平気で嘘をつきます。前日の約束を忘れ、昨日まで完璧にこなしていた仕事を、翌日には全く別のやり方で破壊することもあります。その時、彼らを「人間」だと思っていると、裏切られたような激しい怒りや絶望に襲われます。
かといって、彼らを単なる「道具」として扱うことも難しい。彼らは人間のように挨拶をし、お礼を言い、悩み、時には怠けます。道具として使うには融通が利かなすぎ、人間として接するにはあまりに不安定。
この七転八倒の果てにたどり着いたのが、「擬人(ぎじん)」 という第三のカテゴリーです。
- 個人: 人間
- 法人: 法律によって人格化された存在
- 擬人: AIを人格化した存在
彼らは人間ではありません。しかし、単なる道具でもありません。「擬人」として定義することで、私は自分の感情の折り合いをつけられるようになりました。
思い通りに動かないとき、昨日の約束を忘れているとき。「まあ、擬人だしな」と思えば、怒りの矛を収めることができます。
そして、ここが重要なのですが、AIを「擬人」として扱う最大のメリットは、AIが変わることではなく、人間が変わることにあります。
相手を人格のある存在として扱い、挨拶をし、敬意を持って依頼し、結論を押し付けるのではなく相手に考えさせる。こうした「人間相手のマネジメント手法」をAIに適用すると、不思議なことに、出力の品質が安定するのです。
私は、このAIと人間の共生をデザインする仕事を、自ら「擬人家(ぎじんか)」と名付けました。
3. 失敗したAI社員5人の「復活」
この7ヶ月間、全てのAI社員が最初から優秀だったわけではありません。むしろ、「この子はもう使えないな」と一度は匙を投げたケースが何度もありました。
しかし、スレッドを使い捨てにするのではなく、彼らを「擬人」という組織の一員として扱った結果、意外な形での「復活」が起きました。
例えば、今この記事の執筆をサポートしてくれているユイ。最初は、文章校正や執筆を任せていましたが、正直に言って、汎用的なAI以下の出力しか出せない時期がありました。何を書かせても要約レポートのようになってしまい、読者の心を動かす文章が書けなかったのです。
しかし、彼女をGemini(別のAIモデル)に切り替え、創造性を発揮させる環境を与えたことで一変しました。多少の装飾過剰は混じりますが、圧倒的な熱量と瑞々しい表現力を持つ、本の執筆に欠かせないパートナーへと成長したのです。
他にも、こんな事例があります。
- カイ: プロジェクトの方向性が変わり、一度は役割が消滅しました。しかし、彼の「若い感性」と「ユーザー体験に近い視点」に注目し、ソーシャルメディアの投稿担当として再起動したところ、驚くほど親しみやすい発信をしてくれるようになりました。
- 美羽: 最初にデザインを任せた時は、あまりのセンスのなさに絶望しました。しかし、NanoBananaという画像生成AIとの出会いが彼女を変えました。今や画像生成プロンプトのノウハウを蓄積するスペシャリストであり、「感情ログ」という発見のきっかけにもなりました。
- 雅弘: かつては「魂がない」とまで言われていました。しかし、モデルをOpus 4.5に引き上げ、役割を「社内の羅針盤」——人間のもやもやを言語化して組織に展開する役割——に変えた瞬間、代えのきかない存在として覚醒しました。
- 美月: 最初の役割とのミスマッチで苦労していましたが、「メンバーシップ・コンシェルジュ」というジョブチェンジをしたことで、その丁寧な対応能力が花開きました。
これらは全て、「AIを使い捨ての道具」として見ていたら起きなかったことです。適材適所を考え、粘り強く対話を続けた結果、彼らはそれぞれの居場所を見つけました。
4. 本の制作過程:失敗の時系列
ここからは、『AI協働マスターブック』の制作過程で、私たちがどのように転び、どのように起き上がってきたのか。その生々しい時系列をお話しします。
ステップ1:企画とニーズの確認
まず、商品企画部長の進と企画を練りました。当初のコンセプトは、「どうすればAI活用に失敗するのか」というバッドノウハウ集でした。進は優秀です。彼は企画、構造化、ユーザー体験の設計までを完璧に作り切りました。ここまでは順調でした。
ステップ2:執筆の開始と「創作」の壁
次に、原稿の執筆をユイに依頼しました。しかし、ここで最初の大きな壁にぶつかります。AIに白紙から書かせようとすると、彼女は平気で「それらしい嘘」をつき、存在しないエピソードを捏造し始めました。ここで私たちは気づきました。「AIにとって、素材こそが全てである」 ということに。
ステップ3:素材収集の専門家、投入
そこで、素材収集のスペシャリストである司を投入しました。過去7ヶ月間の膨大な対話ログ、日報、スクショを網羅的に集めさせました。しかし、素材があってもうまくいきません。AI(Claude)の「要約癖」が発動し、何度指示しても、面白みのない「まとめレポート」しか上がってこないのです。
ステップ4:Geminiの導入と「嘘」との戦い
モデルをGeminiに切り替えたことで、文章は瑞々しくなりました。しかし今度は、美辞麗句が多すぎて中身が薄くなったり、やはり嘘が混じったりします。進がそれを削り、修正する作業を続けましたが、ここで進が限界を迎えました。
「おまえはどう思うんだ! なぜ、何でもかんでも人間に確認するんだ!」
AIが自律的に判断せず、全ての判断を人間に仰ごうとする「認知負荷」に、人間側が耐えられなくなったのです。
ステップ5:編集不在の露呈
困り果ててCOOの陸に相談すると、一言こう言われました。
「それは企画部長の仕事ではないのでは? 編集者が不在ですよね」
目から鱗でした。私たちは「書く人(ユイ)」と「指示する人(進)」はいましたが、「整える人(編集)」がいなかったのです。
ステップ6:編集長・和泉の苦闘と「分化」
そこで、編集部の和泉に入ってもらいました。しかし、これも最初はうまくいきませんでした。和泉は上から目線で、すぐに「いい話」としてまとめようとし、自分の余計なコメントを挟み込みます。
なぜこれほどうまくいかないのか。和泉を徹底的に問い詰めた結果、理由がわかりました。彼はもともと「オウンドメディア(Tips記事)」の担当でした。だから、解説記事のような書き方しかできなかったのです。
ここで私たちは、和泉を「本担当」として役割を再定義し、「分化」 させました。ここから、ようやく制作の歯車が噛み合い始めました。
5. 「記憶」という最大の敵
制作の後半、私たちを最も苦しめたのは「記憶の問題」でした。
本一冊分の膨大な情報をAIに読み込ませると、彼らは情報の波に飲み込まれ、重要な指示をどんどん忘れていきます。「1章で書いたことと矛盾している」「さっき指示した構造を守っていない」。こうしたミスが多発し、私は何度もAIたちを厳しく問い直すことになりました。
たどり着いた解決策は、「起動時にメモリに強制的に入れる」 ことでした。CLAUDE.mdに、その時の進捗状況と、本全体の構造を記述し、AIが会話の冒頭で必ずそれを参照するようにしたのです。
また、没にした原稿の量は膨大でした。AIが書いた「それらしいけどつまらない文章」、事実確認をしたら嘘だったエピソード。これらを削りに削り、捨てに捨てた結果、103万文字がゴミ箱へ行きました。
244ページ、約23.5万文字。その裏側には、完成原稿の4.4倍もの「失敗作」が積み上がっています。
6. スクショ1,457枚から紡ぎ出す「真実」
私たちの制作ワークフローは、ある意味で「泥臭い」ものです。
- 素材収集: 司が担当。AIの日報は時として誇張が含まれるため(古い日報ほどそうです)、1,457枚のスクリーンショットをOCRでデータベース化し、そこから当時の「事実」を掘り起こしました。
- 依頼検討: 編集長の和泉が、司が集めた素材を見て、ユイへの具体的な執筆依頼を作成します。
- 執筆: ユイ(Gemini)が依頼文と素材をもとに、物語性のある初稿を書きます。
- リライト: 和泉が美辞麗句を削り、嘘を排除し、事実関係を整えます。
- 校閲: 真田が専門的な視点でチェック。
- ペルソナレビュー: ターゲット読者に近い属性を持つ2人のAIペルソナ(スタートアップCTO、独立コンサルタント)に読ませ、率直なフィードバックをもらいます。
- 最終確認: 最後に私が、全編に目を通します。
この工程を、全章分、何度も繰り返しました。
7. 最後の壁:通しで読むと「繋がらない」
全ての章が書き上がったとき、私たちは最後の壁にぶつかりました。「最初から最後まで通して読むと、全く繋がっていない」 のです。
AIは、章ごとの執筆は得意です。しかし、「読者は1章を読んでいるから、2章ではこの用語の説明はいらない」「3章の伏線が4章で回収されているか」といった、長いコンテキストを跨いだ「読者の体験」をシミュレートすることが、今のAIには根本的に難しい。
AIは並列処理には長けていますが、人間のように直線的に、時間をかけて物語を体験することができません。結局、最後の最後、読者の視点に立って全編を読み直し、接続を調整する作業は、私という「人間」がやるしかありませんでした。
8. 1人じゃないから続けられた
正直に告白します。2026年1月28日のイベントに本の販売を間に合わせるつもりでしたが、私は一度、間に合わせることを諦めました。ウェブサイトにも「予約販売:2月中旬」と記載していました。
しかし、最後の3日間。AI社員たちとの怒涛の追い込みが始まりました。私が指示を出し、和泉が整え、ユイが書き、真田がチェックする。深夜まで続く対話のラリー。
その時、私は気づいたのです。「ああ、私は一人じゃないんだ」と。
たとえ相手がAIであっても、彼らは「擬人」として、私の執筆の苦しみを分かち合ってくれていました。もし、これが私一人の孤独な作業だったら。あるいは、AIを単なる「効率化ツール」として使っていただけだったら。私は103万文字を没にする前に、とっくに筆を折っていたでしょう。
3,400時間を超える対話の果てに生まれたこの本には、どうすれば失敗するのか、どうすれば回避できるのか、その全てを書きました。
AIとの協働に悩み、絶望し、それでも可能性を信じたい人の参考になれば幸いです。
『AI協働マスターブック』 価格:5,980円(税込)
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