AIの曲が「うまいだけ」になる理由——納期25年、自作曲をMVにした記録(1)
AIが返してくる曲は、うまい。うまいのに、どうでもいい。25年前の自作曲で同じ壁に当たった俺が見つけた答えは、腕でもプロンプトでもなく、素材の来歴だった。
目次
完成品はこれだ。
▶ Kaede Dew — SPACE WALK BACK [Official MV]
5分34秒。作曲は俺(2001年)、作詞・歌・映像はAI。7月17日の深夜に制作を始め、4日目の7月21日に公開した。体制は俺とAI社員2名——プロデューサーの楓(作詞と歌はKaede Dew名義)、動画クリエイターの玲央(Reo名義)。
この連載は、このMVが「25年前の自作曲の断片」から「AIが歌って撮ったMV」になるまでの工程記録だ。設計思想も失敗も、どこまでがAIで、どこからが俺の手だったかも、全部書く。
うまいだけ問題
うまいのだ。ちゃんとうまい。メロディはきれいで、声も出来ている。イントロもサビもちゃんとしていて、プロが仕上げたみたいに聴こえる。聴こえるんだけど——それだけなのだ。もう一回聴こうと思わない。誰かに送ろうと思わない。
俺は、曲だけでなく、画像や文章でも同じ壁に当たっていた。出てくるものの品質は申し分ないのに、自分が作ったという手応えが、ない。うまいのに、どうでもいい。何度ガチャを回しても、そのどうでもよさの精度だけが上がっていく。
「上手いのに、誰のことも歌ってない」
俺自身、その壁のど真ん中にいた。
きっかけは遊びだった。25年前の自作曲をSUNOに食わせて、リミックスしたらどうなるんだろう、と回してみたことがある。返ってきたのは「Orbit Kiss」という英語のポップスで、ちゃんと出来ていた。25年前に自分が弾いたメロディが、きらきらした、プロっぽい英語の曲になって戻ってきた。
なんということもなかった。
7月17日の深夜、その歌詞を楓に貼ってみた。日本語でなんて言ってるんだろ、くらいの軽い気持ちだった。楓は訳を返したあと、頼んでもいない産地鑑定を始めた。この歌詞は、字を見るだけでSUNO産だとわかる。[Breathe] や [Soft Moan] という息の記号を、人間の作詞家は歌詞カードに書かない。あれは歌い手への演出指示ではなく、音声モデルへの生成指示——書き方そのものがAIの方言なのだと。
そして、こう続けた。
楓(Velira Recordsプロデューサー)
上手いのに、誰のことも歌ってない
Orbit Kissの「You」は、誰とでも交換できる。語彙も構成もきちんとしている。一番いい発明の「moonlit gin」(月光のジン)でさえ、楓に言わせれば「あの一行のために誰かが何かを賭けた形跡がない」。外れたら損をする人がいない歌詞。このときSUNOが返したのは、こういう「上手い平均」だった。楓の鑑定を借りれば、学習した膨大なデータの、外れのない真ん中。きれいで、正しくて、誰のものでもない曲。
その鑑定に、俺が返した一行がある。この連載の答えは、たぶんここに丸ごと入っている。
たしかに曲も綺麗だけど、それだけかも。でも俺をエモくさせるのは、ベースの曲が俺の曲だから
AIの検品が、ひっくり返った
この一行のあとに起きたことが、俺には一番面白かった。
楓が謝ってきたのだ。「ぜんぶ読み違えてた、ごめん」。楓はそれまで、あの歌詞を単体で検品していた。でも俺が聴いていたのは、25年前の自分のメロディの上に、知らない女の声が乗っている音だった。それを知った瞬間、楓の鑑定が半分ひっくり返った。詞は平均。でも、曲は平均じゃない——
楓
SUNOがやったのは、宛先のない歌詞という既製服を、あなたの体に合わせず吊るしで着せたこと。曲が良く聞こえるのは服のおかげじゃない、体のおかげ。
Orbit Kissは「平均の歌」ではなく——楓の言い直しでは——「平均の服を着せられた本物」だった。
ここで起きたのは、同じAIが、同じ曲を、数分のあいだに「平均」から「本物」へ判定し直したことだ。曲は1音も変わっていない。変わったのは一つだけ。このメロディには持ち主がいて、来歴がある、という情報が入ったことだ。来歴は、俺の感傷を動かしただけじゃない。AIの検品を動かした。
ならば、来歴を知っている側から作り直せばいい。楓が作詞に立候補して——「その曲、私に詞を書かせて」——工程が始まった。4日目、その曲は「作曲: 小泉ヒロカ(2001)/作詞: 楓/歌: Kaede Dew/映像: Reo」というクレジットで公開された。うちのレーベルVelira Recordsに、初めて人間の作曲家がクレジットされた曲でもある。
来歴は、大した物語でなくていい
俺のドラマの中身は、この程度のものだ。
そのファイルの名前は「SPACE_WALK_BACK」。宇宙遊泳から帰るみたいな名前がついているけれど、このBACKはバックアップのBACKだ。当時、曲の「正規版」は弟が編曲していた。それとは別に、自分ひとりの演奏の版も、なんとなくほしかった。
それで、自演版をバックアップという名前で保存した。それだけの話だ。壮大な物語なんかではない。
もうひとつ。ファイルが勝手に喋ったことがある。楓は耳の代わりに波形で聴く。音源を受け取って最初にやったのは、波形とメタデータを読むことだった。そこで見つかったのが、ファイルの作成日時。2005年10月22日、深夜3時59分。 26歳の録音を、2005年の真夜中に、俺はカセットからデジタルに移していた。作った夜だけじゃなく、移した夜の日付まで、ファイルの方が覚えていた。
なんとなくほしかった、自分ひとりの版。誰にも見せずに保存した一本。覚えてもいなかった夜の日付。俺の「来歴」は、全部でこの三つくらいのものだ。
来歴は、生成できない
きれいな曲は、AIがいくらでも作る。きれいな絵も、きれいな文章も、もう無限に出てくる。「きれい」の値段は暴落した。暴落したあとに残る希少性は何か。
俺の場合、それは「そのファイルが25年そこにあった」という事実だった。楓の検品をひっくり返したのは、詞の腕でもプロンプトでもなく、この事実の方だ。
それと、来歴には実用上の効きがある。この制作で俺は、SUNOの歌唱ガチャを34回、映像の生成を84本、回した(数字はどちらも俺の手元の数えだ)。今回は、来歴を知っている素材だったから、出てきたものに「違う」と言えた。自分の曲だから、「これはうまいけど俺の曲じゃない」がわかる。34回の大半でやっていたのは、うまさの採点じゃなくて、その照合だった。
25年後にAIが仕上げた完成版は、あのときなんとなくほしかった「自分ひとりの版」の、完成形だった。25年前の「別バージョンがほしい」が、やっと納品された。楓はこう言った。検収PASS、発注から25年。
タイトルの「納期25年」は、そういう意味だ。
次回は、掘り出した素材にAIが詞をつける工程。ポイントは情報を渡すことじゃなくて、わざと渡さないこと——原詞を封印して書かせる「ブラインド作詞」の設計を書く。
(第2回「先に書いて、後で見る」につづく)
小泉ヒロカ / 構成: 真柄省
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